雪山に消えた"さっちゃん"
"さっちゃんはね さちこっていうんだ ほんとはね・・"という歌と同じ、幸子・・「近藤幸子」さんの写真です。中学生の時のお友達、バレーボール部が一緒で、彼女はセンターを受け持ち、どんな球でも飛びついていって拾い上げてくれました。彼女には怖いものなどないかのように・・・
金太郎さんのようなヘアー・スタイルにちょっぴり出っ歯、周りをパッと明るくするような笑顔がとても素敵な女の子でした。いつもキラキラと輝くつぶらな瞳が、当時から強く印象に残っていました。
妙にさっぱりした性格で、セーラー服のスカートを通り抜け、座っていた椅子を大量の血液で汚してしまったことがありましたが、彼女「へへっ・・」という顔をしてやり過ごしたのです。傷つきやすい思春期だというのに・・「すごい度胸だな」と感じたものです。
彼女は生まれつき「腎臓」の持病がありましたが、特にそれを何かの理由にすることはなく、時折むくんだ顔に気付くくらいでした。どれほど悪いのか・・・私たちには分かりません。いつも元気いっぱいのさっちゃんに「病気」は似合いませんでした。
そんなわけで、私にとって幸子さんは特異な存在感を持っていました。
中学を卒業してからは、蒲田にある商業高校の文化祭に一度行ったきりでお付き合いは途絶えていました。
二十歳になってすぐの頃、何気なく見ていたニュースの画面に私は凍りついてしまいました。「近藤幸子さん 二十歳」のテロップが流れたのです。それは、雪山の遭難者死亡のニュースでした。
血の気が引いていくような感じを覚えながら、「同姓同名ってこともある・・・二十歳といったってまさか違うでしょ・・東京都といったって・・」。会社の同僚数人のパーティ、全員遺体で収容された、と。彼女であるはずがない・・・
しばらく気になって仕方なかったのですが、同級生からの連絡もなくそのまま確かめもせずに、二十年という歳月が経っていました。
どういうきっかけだったのか覚えていないのですが、私に「相手の身になって考えれば分かる」と教えてくれた、もう一人の親友と電話で話すチャンスがあり、「さっちゃん」の話題が出ました。彼女は「そうなのよ・・」と。
やはりあの瞳がきれいな「近藤幸子」さんだった。愕然としました。人とは違う輝きを感じたのは、これが理由だったのか。彼女は続けます。
さっちゃんはね・・同僚の男の人が好きだったみたいなの。でも、病気のことがあるから一緒になれないって・・・だから一時でも一緒にいられるように・・・いつ遭難して死んでもいいように、彼と同じ山岳部に入ったんだって・・・雪山での死はさっちゃんにとっては「本望」だったのかも・・・
衝撃でした。
あの素敵な「さっちゃん」の内に秘めた情熱を想いました。覚悟の上だったんです。見事な「生」・・・今更ながらで心苦しいのですが、「天国で彼と幸せになってね、写真の笑顔のままに・・・ご冥福をお祈り申し上げます」
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